謎の白い巨石に這い、連なる峰々を展望す――徳島県 剣山に登る
幾重もの峰の連なり―― 一の森より南を望む★拡大写真あり 剣山に向かう尾根道


●無残な台風の爪あと、自動車道は高所を行く隘路の連続


 2005年9月18日・19日の両日、徳島県の最高峰・剣山に登ることにした。この山行を可能にしたのは、山歩きのサークルで知り合った藤原氏が同行者となったのが大きい。
 剣山には国道が三方向から山頂付近の登山口に通じている。しかし、その「国道」というものが曲者だった。
 大阪を出る時の天候は快晴。徳島道まで順調に推移する。運転に自信のない私は、今回は終始藤原氏にハンドルを委ねた。脇町ICで徳島道を降り、穴吹川を遡って走る。川床は庭石を敷いたような緑色で、透明感のある水が流れる。驚くほど綺麗。あとで、穴吹川は四万十川より水質が良い清流なのだと聞いた。
 道は徐々に怪しくなってくる。対向車が来たら困る一車線が続き、時折、農家の庭先のようなところをすり抜けるように通る。どうみても国道ではなく「路地」。極めつけは、穴吹川から剣山登山口のある見ノ越に至る438号線の途中が台風の崖崩れで完全に通行不能になっていた。
 已む無く迂回したが、その時に出会ったのんびりとした栗拾いを楽しむ一団の風景に心がなごんだ直後、迂回路は切り立った断崖に突き出していった。助手席の窓から道路の崖下を見下ろそうと落差数百メートルはあろうかと思える谷の底が見えた。思わず悲鳴をあげるほどの凄絶な風景だった。その道は臨時の迂回路らしく正規のガイドレールもなく、運動会で観客席を作る時のように鉄を打ち込んでザイルで結んだだけの仮ガードレール?(もちろん道を外れた車を止める効力は皆無だと思える)が渡してある。肝を冷やす道だった。
 
 
四万十川以上の清流・穴吹川(道路状況に動揺したため手すりが写ってしまった) 台風のがけ崩れのため国道が通行止め この空の青さ!天気は快晴、ただし山頂はすぐ雲がかかる

●四国はこんなに山があったのかと思うほど山が連なる

 見ノ越は三方向からの道路が交差する登山口。リフト乗り場を中心に駐車場や土産物店が並び、深山のきわみであるにもかかわらず賑わっている。われわれはリフトではなく、登山道から登る。乗鞍岳で体力が枯渇したことがわかった私は、今回はついにストックを購入して初めて使用した。快調だったのは、約1時間、リフト西島駅に到達するところまでであった。
 リフト西島駅からは三つのルートがあるが、一番短い尾根の直登を選んだ。これが階段の連続、しかもすぐに息が上がってしまう。5メートル登っては立ち止まって深呼吸を要するほどだった。同行の藤原氏はさすがに若く、何の異変もあらわれない。空気の薄さに過剰に反応が出る体質なのか、それとも年々増えていく体重が災いしているのか。
 しかし、登るにつれて眺めが素晴らしい。山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」と詠んだ句があるが、そんな青い山の連なりを上から見ている感じがする。四国がこんなに広く、こんなに山が連なっているのか、平板な地図を見ているだけでは到底想像できない。
緑の爽やかな登山道に巨岩があらわれる リフト西島駅 西島駅から仰ぎ見る剣山頂

●霧の中、剣山頂に到達

 山頂の方には剣山頂ヒュッテがある。ここに泊まる登山客も多い。ヒュッテの裏手を上がると一面のクマザザの原。ここは「平家の馬場」と呼ばれ、平家が乗馬訓練をしたと言い伝えられているが、こんな不便なところまできて訓練する必要があるだろうか。剣山の伝説には怪しいものが多い。
 山頂には雲がかかって展望が失われていた。登りルートは急峻だったが、山頂は平坦な中に木道で渡っていったところにある。朝8時に大阪を出て、午後4時に山頂に到達した。
 下りはルートを変えると、白い巨石が頻繁に出てくる。大理石のようにも見えるこの白い石が気にかかり、後で調べようと欠片を持ち帰った。剣山は古代ユダヤ人が造った人工の山である、という人の話を聞いたことがあり、それも気にかかっている。信仰の山、急峻な山、変化に富んだ山、そして謎の多い山――これが剣山のイメージとなった。
 車に戻って見ノ越近くのラフォーレつるぎに移動、宿泊する。広い風呂と食事が良かった。残念ながらこの宿泊施設は近々閉鎖されるらしい。
      
刀掛の松:登ってきた急斜面が見下せる 山頂ヒュッテ:この建物の裏が平家の馬場 平家の馬場:一面のクマザサが広がる

      
ヒュッテに並ぶ神社裏の巨岩 霧(雲)が湧き起こる中、木道が続く ついに剣山頂に到達

 
●苔とシダの森を抜け一の森へ

 二日目も快晴。見ノ越へ戻り今日はリフトに乗る。一旦降りてまた登る今回のプランは無駄が多いことがわかった。通常は山頂に泊まり縦走していくものらしい。「ラフォーレつるぎ」でゆったりと風呂に入りたい私の要望のよってこうなった。
 しかしこのリフトから振り返る景色は見事な広がりがあった。まさに" A part of the earth" という感じ。昨日の刀掛けの松から今日は東へトラバースし、一の森の山頂をめざす。鎖のついた岩場や滝、修験道の行場を通っていく。自然と信仰の絡み合ったフィールドアスレチックか。
 次第に森の表情が変化してくる。鮮やかな緑色の苔に覆われた庭園の景色、恐竜が出てきそうな巨大なシダの森。やがて森林帯を抜けてクマザサ帯に至ると一の森のピークが見えた。
      
二日目はリフトで登る リフトから見た景色は広大 清冽な滝があらわれる
しっとりした庭園のように穏やかな苔の森の風景 巨大なシダ植物が繁茂する この対面の斜面こそ昨日車で恐怖と闘いながら走ってきたルートであった

●一の森の四方の展望を堪能

 一の森山頂には「一の森ヒュッテ」がある。昨日は中秋の名月で、藤原氏はここに泊まれば満月も素晴らしかっただろうと悔やむ。剣山と峰続きで、一の森山頂からは四方の展望がよい。クマザサが斜面を覆っているせいか、景色の距離感がおかしくなり、数百メートルの斜面の下がすぐ近くに感じる。
 昨日の剣山は雲がかかっていたが、今日は一の森からの展望が抜群。ヒュッテの主人から展望の穴場ポイントを教えてもらったり、いろんな話を聞けたのも楽しかった。
 下山の後、帰路は遠回りながら祖谷に向かう。奥祖谷二重かずら橋に立寄る。有名なかずら橋がすっかり観光地化しているのに対してこちらは自然に溶け込んでいた。しかし、かずら橋とは、実はワイヤーの構造の吊橋に飾りとしてかずらを巻きつけたものであることがわかる。ここまでは透明感のある清流だったものが、次第にダムを通過して澱んだ水に変わっていく。大歩危・小歩危に出ると、道幅が広くなりドライバーのストレスは解放された。
 強行軍の日程ではあったが、実に充実した山行となった。同行の若者(藤原氏)に感謝、感謝。

      
一の森ヒュッテから東を見る 天然のモニュメント:ヒュッテ前の白骨林 距離感を失う風景:数メートル下に見える斜面下は実は数百メートルの落差
一の森から見る剣山:風格がある 同行の藤原氏:彼なしではたどりつけなかった 帰路に立寄った奥祖谷二重かずら橋